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肉じゃが発祥の地論争

肉じゃが は

海軍の父と呼ばれる東郷平八郎が生み出したのは有名な話です.しかし,正確には肉じゃががいつ,どこで初めて作られたのかは,はっきりしていません.

しかしながら,旧海軍港である広島県呉市京都府舞鶴市それぞれがが肉じゃが発祥の地であると主張しています!

広島出身の私としては呉だと勝手に信じていますが・・・

・肉じゃがが生まれたきっかけ
当時,脚気という病が海軍の中で流行っていました。
脚気は*ビタミンB1の不足が原因で発祥する病気です.海軍は海に出ることが多く,なかなか野菜を摂取できないために脚気を患ってしまうというわけです.

そこで東郷平八郎は野菜を効率的に摂取するために,保存のきく根菜を使用した料理を開発しました.

東郷平八郎は青年時代,イギリスのポーツマスに留学したおりに食したビーフシチューを元に,日本人好みにアレンジしたのが肉じゃが開発のきっかけとされています.

・なぜ発祥の地を二つの街が主張するのか?
東郷平八郎は呉に参謀役として,舞鶴には鎮守府長官として赴任しており,両市が発祥の地を主張したというわけです.

・現在この論争はどうなっているのか?
現在はお互い確固たる証拠があるわけではないので,お互い交流を深めながら,平和的に論争をしているそうです.

舞鶴市は「肉じゃがまつり実行委員会」を作り,東郷平八郎が留学したポーツマスと姉妹都市になっています.
また呉市も海軍のレシピから当時のままの肉じゃがを再現するなどのPR活動を行っています.

*ビタミンB1について知りたい方は過去ログの「疲労回復栄養素 ビタミンB1(チアミン)」をご覧下さい.


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「ウンシュウミカン」=「みかん」について

みなさま みかん についてどれだけ知っていますか?

みかんとはウンシュウミカン(和名:温州蜜柑、学名:Citrus unshiu Marc.)のことです。
甘い柑橘(カンキツ)ということから漢字では「蜜柑」と表記されていました。
古くは「みっかん」と読まれたが、「みかん」と呼ばれるようになりました。
中国浙江省の温州に因んでウンシュウミカンと命名されたが、日本原産種と推定されています。
一般に鹿児島県原産とされることが多いです。

原産は鹿児島ですが、生産地として有名なのは愛媛、和歌山、静岡
みかん生産量1位の座は愛媛県が35年間死守してきましたが、ついに2004年に和歌山が1位の座を奪回しました!
和歌山県民おめでとう!どうやら台風の影響が愛媛より少なかったためらしいです。ちなみに3位が静岡。

さて今年はどうなることやら…

町村単位のみかん生産量日本一は、愛媛県吉田町いう所。

これだけ普及しているウンシュウミカンですが、歴史を紐解いてみると、ミカンとして最初に日本に広まったのはキシュウミカンです。
種つきのものです。
ウンシュウミカンは種なしということから縁起が悪いとされたようです。
江戸時代後期に種なしの利便性と美味が注目され、出回るようになったそうです。

次回はみかんの栄養効果について調べておきます。

ところで。。。
このブログは味館(みかん)と言います!「あじかん」やら「あじやかた」という人が多いですが…

ちなみに。。。
今日はブログの女王、眞鍋女史にTBすべく、この話題を選びました。
ブロガーとして、一度はTBしてみようと思った次第です。


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麺発祥の地はイタリア?中国?

麺の発祥の地はイタリアなのか、中国なのかは論じられつづけ、今だ決着がついていない問題です。

中国にて麺ついての記述は約2000年前に見られています。
黄河付近にて麺が生まれたという説が有力と言われています。
またイタリアでは耳型のパスタ「オレキエッテ」、中国にも「猫耳片」という耳型パスタがあります。
Orechiette
オレキエッテ(Orechiette)

これはイタリア、中国いずれかのものがもう片方の国に伝わったのではと考えられています。

根拠は得られていませんが、マルコポーロが中国からイタリアに麺を伝えたのではとも言われています。

さて、この度、科学誌Natureに歴史的発見が発表されました。
中国科学院地質・地球物理研究所などの研究チームが、同国北西部にある青海省の喇家(ラーチア)遺跡から約4000年前のものとみられる土器と、その底にあっためんの遺物を見つけました。
出土しためんは直径約3ミリで、長さは50センチ以上あった。色は黄色で壊れやすく、中国でつくられている伝統的なめん類に似ていました。
麺の原料はキビとアワと考えられ、この材料は中国独特のものです。

新発見を含めた以上のことから、麺の発祥の地は中国が有力である。
しかし麺についての記述は2000年前からしか見られないため、今回の新発見が信じがたいという専門家の意見もあるようです。


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mari:へぇー
>今回の新発見が信じがたいという専門家の意見もあるようです。
そうなんやー
日経新聞に「今回ので一件落着。そろそろ認めろ!」みたいな記事があったから決定なのかとw
あーパスタ食べよっと・・・
館長:麺
なんかもうこの発見以前から中国やろって感じみたいやけどな~
オレに記事にTBしている人がさらに詳しく書いてるので、興味があればどうぞ。
最近、麺ばっかり食べてる気がする・・・
米食べたい、米~

食べ合わせ(2)

昔から言い伝えられてきた、食べ合わせの一例です。
この二つを一緒に食べればお腹を壊すとか、虫がわく、
毛が抜けるなど、さまざまなことが言われていますが、
科学的根拠のないものが多いようです。
しかしながら、健康のためにあまり一緒に食べない方が、
よい食べ合わせのみ掲載しときます。
        ↓
かき氷と天ぷら:夏場で胃腸が弱ってきているところへ
冷たいものと脂肪分が多い天ぷらを一緒に入れると胃腸に
更に負担をかけることになります。

そばとタニシ:ほとんど噛まずに食べるそばと、
固くて消化の悪いタニシを一緒に食べると
いっそう消化が悪くなります。

カニと柿:カニは腐りやすくて中毒症状が起きやすく、
柿は消化がよくありません。


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食べ合わせ(1)

「うなぎと梅の食べ合わせが悪い」というのは
よく聞くと思います。
しかし、これは本当なのか?
科学的にまったく根拠がない言い伝えです。
このような言い伝えができたことにはいくつかの説があります。
①「贅沢禁止」
 梅干には食欲増進作用があるので、高価なうなぎたくさん
 食べてしまうため。
②「過食予防」 
 食べだしたら止まらないうまさ。
 味としての相性はどうやら良いらしいです。
③「食中毒予防」
 うなぎは腐ると酸味を感じるため、梅干のせいでわからなくなる。


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和菓子 八つ橋・おたべ・夕子・聖、どれがほんとの名前なのか? 

みなさん、一度くらいは生八橋を食べたことありますよね?
八橋が「おたべ」「夕子」「聖」などと呼ばれているのを聞いたことある人も多いでしょう。

 これらは商品名なのか?どれが正式名称なのか?はたまた違いがあったりなんかするのか?
そもそもなんで八つ橋と呼ばれるのか?
 今日はそれらの疑問を調べてみました。

☆そもそも八つ橋ってどんな和菓子?
主原料は粉、砂糖、ニッキ(肉桂)です。
「八ッ橋」米粉、砂糖、ニッキを主原料とした固い焼き菓子。
「生八つ橋」米粉、砂糖、ニッキを主原料とした餡の入っていない皮(生地)だけの生菓子。
一番よく食べられるのは生八つ橋にあんこをつめた、「粒あん入り生八つ橋」です。

☆八つ橋の名称の由来
 これには2つの説があります。
「伊勢物語」にも登場する、三河の国・八橋の板橋に形が似ているため 
江戸時代の作曲家「八橋流」の開祖・八橋検校(やつはしけんぎょう)の名にちなむという説1685年に亡くなり、黒谷に葬られた検校の遺徳を忍び、参道で琴の形をかたちどった菓子を「八ッ橋」と名付けて売り出した。
☆元々つばあん入り生八つ橋は存在していました。
「京好み八ッ橋本舗」→「さか井屋」と改名が、昭和41年に、つぶあん入り生八つ橋「おたべ」を発売しました。おたべは従来の八つ橋を三角形に折りたみ、食べやすい大きさにしたものです。それが大ヒットして、社名を株式会社「おたべ」に変更しました。
「京好み八ッ橋本舗」は 昭和32年から八ッ橋製造始めた歴史の新しい会社です。

おたべの大ヒットを見て、老舗の1689年創業の聖護院八ツ橋総本店が『聖』(ひじり)を発売しました。

さらに八つ橋のトップメーカーの 井筒八つ橋が『夕子』を発売しました。

ベンチャー企業が生み出した『おたべ』を老舗とトップメーカーが真似をしたのです。

最後になりましたが、画像の女の子は「おたべ」のキャラクター「おたべちゃん」です!
スリーサイズは B ほどよく… W まあまあ… H ほどほど…
だそうです。あんまタイプじゃないな~


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アイスの歴史(日本編)

今日は日本におけるアイスの歴史について

日本人で最初にアイスクリームを食べたのは、横浜開港の翌年、
万延元年に咸臨丸で渡米した徳川幕府の一行というのが定説になっています。


咸臨丸で渡米した勝海舟に私淑していた町田房蔵は、明治2年、
横浜馬車道通りで氷と塩とを用いて、日本で最初のアイスクリーム「あいすくりん」
の製造販売を始めました。

その後、鹿鳴館においても欧米人を接待する時の不可欠なデザートとして
珍重されました。

明治8年に麹町の開新堂がアイスクリームを売り出し、風月堂、函館館も
メニューにアイスクリームを加えます。
明治33年銀座に資生堂が開業、アメリカのドラッグストアをまね、
ソーダファウンテンを併設し、アイスクリームとアイスソーダの販売を始めました。
しかし、アイスクリームは25銭と庶民には高嶺の花の贅沢品でした。
ところが、街では「一杯一銭」のアイスクリーム売りがいたことが
『東京年中行事』に描かれています。

昭和初期に入り、協同乳業ホームランバー雪印バニラブルーが発売され、
それがアイスクリームの大衆化の第一歩になりました。

現在、日本はアメリカ、中国に続く第三のアイス消費国となっています。


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